2017年05月23日

四国の絶景城辺大浜〜宿毛もくず線

四国最大の鰹(かつお)の水揚げ基地のある
愛媛県愛南町深浦漁港へ日帰りのびやびやカツオを求めて
買い出しに行きました。
カツオ船の帰港時間は午後3時ごろという事で、まだ時間が
ありそうなので近くの絶景ポイントを散策してみました。
 四国の絶景、愛南町城辺大浜〜宿毛もくず線、
この日も絶景をもとめて自転車ツーリングするカップルに
何組も会いました。
二人で愛を語るには絶好のロケーションです。


5月この時期になるとカツオも旬をむかえ美味しくなり、
今年は昨年同時期に比べて120%の豊漁でかなり値段も
安くなっていました。
日帰りびやびやカツオが下の画像驚きのお値段です。
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高知県宿毛湾奥にある宿毛市方面
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宿毛湾南側沿岸、大月町龍ケ迫方面、
以前ここにも真珠母貝養殖漁場を借りて
稚貝の越冬漁場として数年通いましたが、
あまり良い漁場ではありませんでした。
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先日ゆうとと釣りに行った西海半島武者泊り方面
点在する島々のむこうの岬に武者泊り集落が見えます。
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宿毛湾沖に浮かぶ沖ノ島
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みかん在庫情報
5月25日現在
小夏在庫 0箱、規格外品少々、
なつみ20箱ていどとなりました。
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2017年05月19日

宇和島市三浦天満の歴史(3)

宇和島市三浦天満の歴史(3)
山本喜由氏が編纂した宇和島市三浦天満の歴史。
第三回投稿はふるさと天満記載の5番目の記事
天満の主な出来事で紹介されている過去に起きた
南海地震についWikipedia地震の年表で史実と
照らし合わせて詳しくしらべてみました。
天満の主な出来事で、まずトップに書かれているのが
寛永4年(1707)10月4日大地震、大津波の襲来
その後享保17年(1732)この年は春から雨がふり続き
度々洪水があり、またイナゴが大発生して稲、その他の
農作物を食い荒らし収穫は皆無であった。
天保8年(1837)12月27日)天満、結出浦集落が
大火災となり全焼。
またこの大火災で天満神社も全焼したと記録が
されている。
元年(1844)7月9日宇和島地方に大風雨があり、
午年の大風とつたわれている。
安政4年(1857)8月25日強震が7昼夜続く
地震が起きたと記録がある。
次のページへと記載は続きます・・・・・・

これらの過去の出来事で注目するのは南海地震に
ついてWikipedia地震の年表での記載を紹介します。
◇江戸時代1605年2月3日(慶長9年12月16日)
慶長の大地震(南海トラフ連動型地震説、

東海はるか沖地震説、または房総沖と南海沖の二元地震説、伊豆・小笠原海溝地震説あり)
-M7.9〜8 関東から九州までの太平洋岸に津波、紀伊・阿波・土佐などで大きな被害。
八丈島でも津波による死者数十人。死者1万〜2万人と推定されるが、津波以外の被害は
ほとんどなかった。

その102年後 前回地震よりの経過年数
△(寛永4年大地震大津波1707年10月28日(宝永4年10月4日)宝永地震
(南海トラフ連動型地震-M8.4〜8.6死者4900〜2万人以上、倒壊・流出家屋6万〜8万軒。
関東から九州までの太平洋岸に津波、東海道宿場町・伊豆・伊勢・紀伊・阿波・土佐などで大きな被害、楽只堂年録。地震から49日後に富士山の宝永大噴火、道後温泉の湧出が数か月止まる。

その147年後 前回地震よりの経過年数
△1854年12月24日(嘉永7年11月5日)安政東海地震(東海・東南海地震)-M.8.4
その翌日12月24日安政南海地震-M8.4死者1000〜3000人、紀伊・土佐などに津波により大きな被害、串本で最大波高11m大阪湾に注ぐいくつかの川が逆流、道後温泉の湯が数か月間止まる。
(安政東海・南海地震は32時間後に連動して発生)

その92年後 前回地震よりの経過年数
△終戦後の南海地震1946年(昭和21年)12月21日4時19分南海地震、和歌山県沖から四国沖、-M8.0中部地方から九州地方にかけて最大震度5、死者行方不明者1443人房総沖から九州にかけて津波。

それから71年 現在の2017年までの経過年数
過去の東南海地震の起こる頻度とその間隔等のデータを分析し、将来起こるであろう
東南海地震を予測してみよう。

上記記載した過去4回の地震周期では昭和の南海地震の92年が一番短い、周期が長く
なるほどで地震規模は大きくなる傾向がデータからうかがえる。
素人の私の予測ではまだ30年は大丈夫と見ました。
たとえそれ以前に南海地震が来たとしても過去のデータから地震規模は小さいのでは
ないでしょうか・・・・・・・・?

初夏の柑橘、西内小夏発送開始しました。
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2017年05月15日

宇和島市三浦天満の歴史(2)

宇和島市三浦天満の歴史(2)
山本喜由氏の残された資料で私が特に興味を持ったのが
過去の大地震大津波の記載です。
その中でも寛永4年(1707年)10月4日の大地震、大津波。
宇和島領の本町、裏町、新町に大潮が入り、
天満地区でも古老からの言い伝えとして、当時の上方に
居る親族に伝えた手紙に大谷の岩がパッチリ割れて候、
元禄屋敷にコタガラ(海のもくず)が上がり候、
惣八の奥までチヌゴ(魚のチヌの子)が上がり候、とある。
上記の正確な場所ですが元禄屋敷とは天満集落の奥地の
高台にあり現在は私が所有する畑です。
その他の場所については後日、画像で貼り付け
ご紹介する事といたします。
この記載の裏付けを取る為にWikipedia地震の年表で
調べたところ同年に大地震大津波が発生した事が
史実と一致し事実とわかりました。
更に地震の年表Wikipediaで四国に関係した過去の
大地震、大津波を調べる内に近年、差し迫った脅威と
して、過去の東南海連動地震の被害として度々取り
上げられる土佐清水の海底に沈んだ神社の石段、
鳥居の石柱らしき残骸が現在も海底で目視出来る
状態で沈んでいるらしいのですが、
私はこの話を知り、過去にすぐ側の海で真珠母貝
養殖の漁場を借りて数十年作業をしていた関係で
その事実に衝撃を受けました。
まさかその海の底に地殻変動で太平洋に沈んだ
インカ帝国と同じような光景があったとは・・・・・
これも地震の年表Wikipediaに照らし合わせて見ると
1099年2月16日(承徳3年1月24日)康和地震
(承徳地震、南海地震)M8〜8.5興福寺、天王寺に
被害。死者は不明。(資料が現存しないだけで多くの犠牲者が
あったと想像される)地殻変動により土佐で田畑海没とある。
おそらくこの時の大地震で土佐清水の高台にあった神社は
海の底へ沈んだのではないだろうか・・・・・
地震年表を調べて解ったのですが、年表をぎっしりと埋め
尽くす過去の大地震の記録は日本列島が大昔から
大地震を引き起こす地殻の真上に存在しているという訳で、
それを考えると東日本大震災の福島原発事故は災害ではなく
人災であったと言わざるを得ないでしょう。
咽元過ぎればなんとかで、日本列島は過去の歴史が物語る
ように地震の巣の上にあり、一度事故と成れば人間の手に
負えない怪物と化す原発に依存し続ける事はほんとうに
恐ろしい限りです。
命よりもお金が優先する世の中であってほしくない物です・・・・・・
次回投稿 宇和島市三浦天満の歴史(3)で大昔から幾度と
繰り返される東南海連動巨大地震を詳しくお伝えします。
posted by ken at 19:29| 愛媛 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月13日

宇和島市三浦天満の歴史 (1)

宇和島市三浦天満の歴史 (1)
平成11年大先輩の山本喜由氏が亡くなる前に編纂した天満誌、
ふるさと天満を基に、過去を知り未来を予測する大切な資料と
思い何回かに分けて投稿してみます。

(1)天満のおいたちと産業について
私が住む現在の天満(てんま)集落は家戸数100軒ほどの集落ですが、
そのおいたちについて三浦の歴史を編纂した三浦誌によると、
正暦4年(西暦993年)天満神社が祀られたとあり、すでに
その頃先人達が住んでいた事がわかります。
その後江戸幕府による調査資料、西海巡視誌によると寛文年間(1661〜1673年)
(慶長十四年(1610年)伊達正宗の長男秀宗が宇和島へ入城し宇和島藩領主と成る)
天満集落は二つに分かれていて、それには宇和島藩領東三浦の枝浦とあり、
夏秋浦、戸数12軒、耕地7反、いわし網1帖
結出浦、戸数13軒、耕地6反、いわし網1帖
その一つの結出浦は天保8年(1837年)の大火により集落全戸と天満神社が
全焼してしまい翌天保9年千代浦と改名されました。
その後昭和32年(1957年)夏秋、千代浦が合併して現在の
天満となった訳です。
主な産業は昭和30年頃までは甘薯栽培、麦、米、イワシ漁、養蚕、
等が有り、その後はそれらに代わり、みかんが新植されて行き
40年頃までは葉タバコも栽培され時代の経過と共に真珠養殖、
みかん柑橘栽培へと移り現在はこれらが主な産業となっています。

次回は本丸、数百年単位で繰り返された過去の災害から未来予見する。
です。

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千代浦地区
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夏秋地区
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2017年05月10日

接ぎ木とみかん植え付け

3月営業で行った島根道の駅ゆうひパーク三隅
道の駅裏てに出ると日本海の絶景が広がっていた。
そこへ絶妙なタイミングで列車が、撮り鉄番組で
学習した成果の1枚となるでしょうか・・・・
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4月4日今年もウイルスフリー苗木の先を穂木に使い
接ぎ木した石地温州、芽が出て来ました
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昨年接ぎ木して1年経過するとこれぐらいに成長します
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広島果実連から導入したウイルスフリー苗
5年ぐらいすると2mほどの樹高に成長します。
ウイルスフリーは樹勢旺盛で豊産性栽培が容易です。
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来週より西内小夏販売開始します。
作柄は今年の傾向で酸抜けが良く早熟となっているようです。
posted by ken at 06:39| 愛媛 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月06日

悠琥(ゆうと)釣りバカ日誌2

悠琥(ゆうと)釣りバカ日誌 2
5月5日こどもの日、高速艇に乗り日振り島でアジ狙いの予定でしたが、
朝からどうも雲行きが怪しい状況、天気は下り坂のようで安全策を取り
急遽おか釣りに予定変更、2匹目のどじょうを狙い前回のホゴの入れ食いの
西海めざし出発、今回は半島北側から高茂岬周辺を当たってみました。

西海は連休の釣り客が大勢詰めかけていましたが、
ほとんど釣れてない模様でやがて高茂岬にたどり着きました。
お調子者のゆうと君、岬に群生しているツワブキを取り
このポーズ。
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今年小学校に入学したピカピカの一年生のゆうと君、
この絶景に吸い寄せられるように岬先端に歩き始め
あわてて呼び止め声をかけると振り返るゆうと。
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前回のホゴの入れ食いの武者泊りで2匹目のどじょうを狙いましたが、
今回はエサ取りのギンガリに邪魔されて思うようになりません。
それでも根気強くねばり帰ろうと絶対に自分から言わない、
この男しぶといです。
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6日朝ナツミの荷作をしていると手伝うとゆうと
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段ボール封函機を上手に使いこなします。
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ミカン号に急ぎはい上がる
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封函した段ボールを誰に教わるでもなく
ミカン号に私がいつもするように上手に
積み込みます。
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一度も教えた事もないのに私の仕事ぶりを観察していたのでしょうか
ゆうとはなんなく仕事をこなします。
いつの間にか成長にびっくり・・・・・・
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今日の発送でなつみ 在庫10箱ぐらいとなりました
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posted by ken at 18:41| 愛媛 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月16日

なつみ熟れびやびや鰹でトリス割る

春みかんナツミが熟しました。
例年であればこの時期まだ酸味が気になるところですが、
今年の出来は糖度も十分ある上に酸味が無く今すぐに
出荷出来る状態です。
今までで一番の味に仕上がりました。
まもなく発送開始いたします。
数量に限りがあり、限定200箱の販売となりますので
お早目のご予約お待ちしております。

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なつみが熟れると愛媛は初鰹の時期を迎えます。
四国一の鰹の水揚げを誇る愛南町深浦漁港で今朝
荷揚げされたビヤビヤの鰹、夜が待ちきれず、
昼に刺身で頂きました。
予想どうりゴリゴリの鮮度です。
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城辺大森運動公園登り口付近にある産直市場、
この産直市場に今朝深浦港で水揚げされたばかりの
かつおがあるとの情報をゲット、みかん号で走りました。
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びやびや鰹を扱っているのは松岡鮮魚さん、
シーズンになると午後3時頃、深浦港に日帰りの
カツオ船が入港、釣りたてのビヤビヤかつおを
仕入れて即市場でさばき、4時頃には店頭に
商品が並ぶとの事、びやびや鰹は貴重な魚ですので、
日によって入荷の無い事があり(産直おっとろっしゃ)
の方に電話確認が必要だそうです。TEL0895-72-0321
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夜はタタキで一杯、ガスで軽く焼き下ごしらえ、
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ミーはナツミ倉庫のコンテナーの中ですやすやお昼寝
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2017年02月19日

悠琥(ゆうと)釣りバカ日誌 武者泊りホゴ入れ食い

ゆうと君と今日は愛南町深浦漁港からグレ狙いで
久良、福浦、武者泊と西海半島を攻めて見ました。
この時期は海水温が最とも低い時期にあたり、
どこへ行っても当たり無し、宇和海では比較的
海水温が高い西海半島を先端めざし沖へ沖へと
移動中に武者泊港に立ち寄ってみました。
武者泊は大物狙いの磯釣りのメツカ、渡船業や
漁業中心の集落で今日も釣り客でにぎ合っていました。
ゆうと君、漁港に到着直後、度肝を抜かれる大物と遭遇、
地元漁民が主が来たかーと言う、長年この漁港に住み着いて
いるらしい青こぶ鯛60~70センチ級はあるでしょうか、
それを見て俄然やる気満々、さおをあわてて出すと魚港の
梁石の穴からホゴが湧き上がるように、当分は入れ食い状態、
大興奮、大満足の潮果となりました。
浜にはゆうとと同年代の子供ずれの若奥さんやおばあさん
達がいて、この子は釣りのすじが良いと褒められて、
てれまくりの悠琥君でした。

ゆうとが武者泊りで釣り上げたホゴ(かさご)
どうだー・・・・みたかー・・・
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ゆうと君のうんちく。
帰りの車の中の会話。
じいちゃん、さかなは海の塩の中にいるのに食べる時に
どうしてまた塩をふるんやろか・・・・・
ゆうと君のパパは塩業会社の営業マン、
さすがゆうと君のうんちくでした。
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この日カメラを忘れた為三浦に帰り撮影、
次回はカメラ持って行き素晴らしい景色を
是非お伝えしたい。
posted by ken at 18:40| 愛媛 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月17日

農家通販直販率100%を夢見て

28年度産みかんも10月極早生から販売が始まり
2月現在、甘平、ポンカンと終了し、まずまず順調な
販売が続いております。
10数年前農家直販を開始した当時は思うように
みかんも売れず、いつの日か生産全量100パーセント
直販出来るようになりたいと、夢みてやって来ましたが、
幸いお客様に恵まれて、ここ数年は毎年みかん産品直販率
100%を維持しております。
今年もポンカンまでの販売もお陰様で順調で、出来た産品
すべて秀品から形や外観の悪い規格外品まで、幅広い
お客様層の顧客ニーズがあり、今年度もこのまま進めば
おそらく100%直販達成が可能な状況のようです。
その顧客のお客様ですが一応全国には散らばっておりますが、
直販を始めた当初理念として、みかん作りも食べ物商売と
同じとの考え方で、お客様獲得は口コミで増やすのが
理想的と考えておりました。
ある時、新たなお客様に送ったみかんが自然に枝分かれして広がる
様子を見て、妻が、お父さんうちのミカンは伝染病と同じね、
といった言葉に、そうだこれだと納得、農家はもともと営業も
苦手、経営も零細で宣伝費をかける余裕もありません。
かみさんが言うように強力な伝染病菌のように一度食べれば
そのミカンのとりこと成るような旨いミカンを作れば、
後はそのミカンが、かってに広告塔となり広がるに違いない
そう思い、真心こめて出来た本物の美味しいみかんであれば
言葉のたとえは悪いですが、その地域に伝染病の如く
広がって行く口コミ伝染力があるはずと考え、
まずは1ランク上のより美味しいみかん生産を重点目標に
全勢力をこの一点に集中して旨いみかん作りに取り
組んで来ました。
その結果、そうやって出来たお客様ですが、内のお客様の
顧客マップは、ある地域に限定して集中しておられるような
独特の顧客形態になっているようです。
元は信越地方から始まったみかんミカン伝染病は、
関東、近畿と広がり、現在北海道の道東で徐々に広がり
つつあり、今後の展開が非常に楽しみとなっています。
みかん作りも最近の気象異変の頻発の影響等でなかなか
思うように成らない事が多いのですが、
これまで同様、自然の恵みを最大限生かした美味しいミカンを
誠実に作り続けて行けば、お客様に喜んで頂ける楽しい
未来が待っているはずですが・・・・・・
posted by ken at 10:08| 愛媛 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月12日

春の訪れ青のり取り

昨日今日と宇和島は雪が舞う天気、高い山は雪をかぶり
冬景色に逆戻りしたようですが、春は海からやって来るの
たとえの如く、四国の海は春の訪れを告げています。
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宇和島市津島町岩松川では春の風物詩の
青のり取りが始まりました。
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青のり取りは川底の石に長くはえた1mほどの
海苔を長い棒の先に付けたカマ状の金具で巻き付け
切り取ります。
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この青のりは寒風にさらし干し上げ、
お好み焼きの海苔などに使います。
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9時ごろの宇和島
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10時南予ビージョイ埠頭から宇和島城の裏にそびえる鬼ゲ城連山
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10:30三浦権現山さすが三浦は温かい
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みかん産地情報
ポンカン在庫少なくなりました
あと40箱ほどです。
甘平は収穫量が少ない為に完売いたしました。
来週ご予約分を発送し終了します。
3月からはタロツコ、デコポン発送始めます。
両方ともまずまずの出来で去年より数量は
多く在庫十分です。
posted by ken at 08:23| 愛媛 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする