2017年02月19日

悠琥(ゆうと)釣りバカ日誌 武者泊りホゴ入れ食い

ゆうと君と今日は愛南町深浦漁港からグレ狙いで
久良、福浦、武者泊と西海半島を攻めて見ました。
この時期は海水温が最とも低い時期にあたり、
どこへ行っても当たり無し、宇和海では比較的
海水温が高い西海半島を先端めざし沖へ沖へと
移動中に武者泊港に立ち寄ってみました。
武者泊は大物狙いの磯釣りのメツカ、渡船業や
漁業中心の集落で今日も釣り客でにぎ合っていました。
ゆうと君、漁港に到着直後、度肝を抜かれる大物と遭遇、
地元漁民が主が来たかーと言う、長年この漁港に住み着いて
いるらしい青こぶ鯛60~70センチ級はあるでしょうか、
それを見て俄然やる気満々、さおをあわてて出すと魚港の
梁石の穴からホゴが湧き上がるように、当分は入れ食い状態、
大興奮、大満足の潮果となりました。
浜にはゆうとと同年代の子供ずれの若奥さんやおばあさん
達がいて、この子は釣りのすじが良いと褒められて、
てれまくりの悠琥君でした。

ゆうとが武者泊りで釣り上げたホゴ(かさご)
どうだー・・・・みたかー・・・
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ゆうと君のうんちく。
帰りの車の中の会話。
じいちゃん、さかなは海の塩の中にいるのに食べる時に
どうしてまた塩をふるんやろか・・・・・
ゆうと君のパパは塩業会社の営業マン、
さすがゆうと君のうんちくでした。
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この日カメラを忘れた為三浦に帰り撮影、
次回はカメラ持って行き素晴らしい景色を
是非お伝えしたい。
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2017年02月17日

農家通販直販率100%を夢見て

28年度産みかんも10月極早生から販売が始まり
2月現在、甘平、ポンカンと終了し、まずまず順調な
販売が続いております。
10数年前農家直販を開始した当時は思うように
みかんも売れず、いつの日か生産全量100パーセント
直販出来るようになりたいと、夢みてやって来ましたが、
幸いお客様に恵まれて、ここ数年は毎年みかん産品直販率
100%を維持しております。
今年もポンカンまでの販売もお陰様で順調で、出来た産品
すべて秀品から形や外観の悪い規格外品まで、幅広い
お客様層の顧客ニーズがあり、今年度もこのまま進めば
おそらく100%直販達成が可能な状況のようです。
その顧客のお客様ですが一応全国には散らばっておりますが、
直販を始めた当初理念として、みかん作りも食べ物商売と
同じとの考え方で、お客様獲得は口コミで増やすのが
理想的と考えておりました。
ある時、新たなお客様に送ったみかんが自然に枝分かれして広がる
様子を見て、妻が、お父さんうちのミカンは伝染病と同じね、
といった言葉に、そうだこれだと納得、農家はもともと営業も
苦手、経営も零細で宣伝費をかける余裕もありません。
かみさんが言うように強力な伝染病菌のように一度食べれば
そのミカンのとりこと成るような旨いミカンを作れば、
後はそのミカンが、かってに広告塔となり広がるに違いない
そう思い、真心こめて出来た本物の美味しいみかんであれば
言葉のたとえは悪いですが、その地域に伝染病の如く
広がって行く口コミ伝染力があるはずと考え、
まずは1ランク上のより美味しいみかん生産を重点目標に
全勢力をこの一点に集中して旨いみかん作りに取り
組んで来ました。
その結果、そうやって出来たお客様ですが、内のお客様の
顧客マップは、ある地域に限定して集中しておられるような
独特の顧客形態になっているようです。
元は信越地方から始まったみかんミカン伝染病は、
関東、近畿と広がり、現在北海道の道東で徐々に広がり
つつあり、今後の展開が非常に楽しみとなっています。
みかん作りも最近の気象異変の頻発の影響等でなかなか
思うように成らない事が多いのですが、
これまで同様、自然の恵みを最大限生かした美味しいミカンを
誠実に作り続けて行けば、お客様に喜んで頂ける楽しい
未来が待っているはずですが・・・・・・
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2017年02月12日

春の訪れ青のり取り

昨日今日と宇和島は雪が舞う天気、高い山は雪をかぶり
冬景色に逆戻りしたようですが、春は海からやって来るの
たとえの如く、四国の海は春の訪れを告げています。
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宇和島市津島町岩松川では春の風物詩の
青のり取りが始まりました。
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青のり取りは川底の石に長くはえた1mほどの
海苔を長い棒の先に付けたカマ状の金具で巻き付け
切り取ります。
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この青のりは寒風にさらし干し上げ、
お好み焼きの海苔などに使います。
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9時ごろの宇和島
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10時南予ビージョイ埠頭から宇和島城の裏にそびえる鬼ゲ城連山
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10:30三浦権現山さすが三浦は温かい
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みかん産地情報
ポンカン在庫少なくなりました
あと40箱ほどです。
甘平は収穫量が少ない為に完売いたしました。
来週ご予約分を発送し終了します。
3月からはタロツコ、デコポン発送始めます。
両方ともまずまずの出来で去年より数量は
多く在庫十分です。
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2017年02月03日

大きな母の手

大きな母の手
母の手は父や家族の誰よりも大きい手をしています。
その手のひらは指が太く大きくて関節は太い木の根の如く
頑丈な手をしています。
その不かっこうな自分の手を見て女でありながら恥ずかしいと
若い頃母がよく言っていた事を思い出します。
母の大きな手の訳は母の生い立ちにあります。
母の実家も当時農家でありました。
子供の頃に父は戦争に召集され終戦の動乱の中、帰郷途中に
汽車の中で赤痢を発病、故郷を目の前にして父の帰りを待ち
わびる子供達に会う事なく亡くなってしまったのです。
母はその時まだ14歳の少女でした。
大黒柱の父の死亡により母の人生は大きく変わってしまいます。
母は働き手を失った農家の家計を助け、まだ幼い妹弟達を
父に代わって養うために急傾斜の段畑で鍬を持ち草取り等の
重労働の畑仕事を来る日も来る日も毎日のようにしなければ
ならなくなり、やがて小さかった少女の手は年を経て次第に
男の手のように頑丈で丈夫な手と成り、大地にはびこる
どんな雑草も一握りでザクザクとむしり取る事の
出来る巨大で丈夫な手となったという訳です。
私が農業を始めた時も鍬の使い方や草取りの仕方は
父ではなく母から教わったものでした。
母は誰よりも畑仕事が上手で早く、
うちはバカやけん仕事でしか皆の役に立てんけん、
が母の口癖でした。
家族の内喧嘩の時も口論となって家族はすきかってな
事を言ってどんなに毒吹こうが、いつも黙って
それを受け止め、何事も無かったように日々の自分の
仕事を只黙々とこなす人でした。
そんな元気な母でしたが私が26歳の時、父が突然脳卒中で
倒れてからは体調を悪くしてしまい、あちこちの良いと
言う病院にいろいろと行きましたが、母の体調はいっこうに
良くならず、ある時近所のおばさんが見かねて別府に良い
医者がいるのでいっしょに行かないかと誘われ別府航路で
九州へ向かったのでした。

 それから間もなくして母達は別府の病院で治療を受けて帰って
来たのですが、その時同行した母の友人から思ってもいない事を
聞かされたのです。
それは二人が乗船して九州へ向うその途中、前回投稿の
お正月で宇和海に浮かぶ離島戸島での過去の真珠母貝養殖の事に
ふれましたが、別府航路の途中にその戸島沖を船は通るのですが、
母は雨に煙る戸島沖に船がさしかかると船室の窓から海を見て
涙を流し泣いている様子、いっしょにいた友達のおばさんも驚き、
どうかしたのと母に声をかけると、母は息子のケンは雨の降る
しけの戸島の海で今日は一人で仕事をしよる、私がこんなやけん
建を手助けしてやる事もでけんと、泣いていたそうです。
ひーちゃんあんたのように家族の事をそんなにいつも心配
してたら身体がもたんよ、もっと気楽にならんと、と慰め
話したのよと、私に船での出来事をおばさんは一部始終話し、
お母さんの事、気を付けてあげてねと言われてショックでした。
父が倒れて俺がやると頑張っていたつもりでしたが、
突然バケツで頭から水をぶっかけられたような、
実際は父の変わりになっていない自分の不甲斐なさを思い
知らされる事と成った訳です。
当然の如く私は今ここで頑張らんといつ頑張るかと自分に
言い聞かし、奮起するのですが、1日2日1ヶ月ぐらいで
どうなるものでもなく、やがてそれから数年が経つたった頃、
徐々に生活も落ち着いて来て、母の心臓の不整脈の病気も
次第に良くなり知らぬ間に気が付けば自然に健康を取り
戻したのでした。
今思うと母は夫が倒れてあいた仕事の穴を自分が埋め
なくてはとあせり、一人で重圧を背負って苦しんでいた
のでしょう。
その母も今年85歳となりました。
まだまだ元気でみかんの荷作り作業など手助けして
もらっています。
その母の大きな手は家族を支え続けた人生の証しなのです。
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2017年01月23日

稀勢の里横綱昇進悲願叶うか


稀勢の里の横綱昇進は日本相撲界の長年の
悲願でありました。
 2010年初めて見に行った野村のおとい相撲。
当時玉春日親方が愛媛県野村町出身という事もあり、
若手力士中心に数多くの現役大相撲力士を
連れて来ておりました。
その中の一人に稀勢の里がいたのです。
今思えば幸運にも初めて行ったおとい相撲で
昨日初優勝で日本中を沸かせたあの人と出会う
とは思ってもいませんでした。
その時初めて生で会った稀勢の里の印象は
清潔感漂い爽やかな男の色気を感じるような人で、
プロのお相撲さんは人気稼業という事もあり、
すでにその時からスターの持つオーラを
放っていました。
この人は将来きっと強く成ると素人の私でも
そう感じたものでした。
その後思ったとうりドンドン昇進してすぐに
横綱だろうと思っていましたが、幾度もの
チャンスをものに出来ず。
無冠の王者として横綱誕生をあきらめかけた時、
日本中の過大な期待と重圧を跳ね返し、ついに昨日
何度挑戦しても成しえなかった優勝と横綱
への長い道のりを幾度もの挫折を乗り越え
ついに成し遂げたのです。
千秋楽は宿敵白鵬を見事に破り悲願の横綱昇進の
夢を賭けた大一番に日本中が熱狂したことでしょう。
じつは私が気合を入れて見ると大事な大一番何度も
敗れ去るジンクスがあり、普段はスポーツニュース
で結果を見て気持ちを抑えていましたが、千秋楽は
我慢できず見てしまいました。
これまでのもやもやを全てを吹き飛ばす勝負に
感動しました。

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2017年01月16日

売れ行き好調太田ポンカンその訳

1月7日より太田ポンカン発送が始まり、
今年の太田ポンカンの出来は酸味が少なく出来上がり
ましたが、いまいち糖度が納得する域に到達して無く、
販売出足どうかなと心配をしておりました。
ふたを開けて見ると、これまでに無い好調な
売れ行きにやはり、生産者と消費者との間隔の
ずれが多少あるのかなと思っているところです。
売れ行き好調の太田ポンカンから現代の消費者
志向の変化をうかがい知る事が出来るようです。
やはり私が思ってる以上に糖度と酸味のバランスに
最近の消費者の志向が敏感になって来ているようです。
昔は本当に美味しいと思うみかんは糖度もあり
それと比例して酸度もあるメリハリのあるみかんが
好まれていたように思いますが、最近は高糖度でも
酸味の強いみかんはあまり好まれないように成って
きているようです。
やはり昔と違い普段から甘い物になれた食生活の変化が
そうさせているのでしょうか、
私は糖度もあり酸味もある濃厚なみかんが最高のミカン
と信じているのですが・・・・・・
タグ:みかん
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2017年01月14日

ベニマドンナの評価

昨年末に販売を終えたベニマドンナ愛媛28号ですが、
栽培開始以来の試練の年となりました。
糖度も12度〜11度と過去の実積を下回り、
そのうえ初めてのクラッキングの発生等で
箱詰め荷作りにはかなり神経を使いました。
一つ間違えばこれまで積み上げて来たマドンナの
信用をすべて失う事となりかねません。
そう思うと大事な荷作り、他の物にまかす訳には
いかず掃除好きで、きれい好きの洗濯マニアの
いっしょに住んでいると、はなはだ迷惑と感じる
事が多いのですが、今回の荷作りにはその性格や
几帳面さが役に立つと思い頼みました。
もちろん一次の荒選別は従業員家族総出での7人で
1日かけて選別、あとの仕上げ箱詰めは妻にまかし、
品質のわるい物は鬼のように容赦なく徹低的に
排除したのです。
普段の生産にかかわっていない妻だから出来たの
でしょう。
私では出来なかったと思います。
でも妻はやってくれました。
1個ずつ手より手詰めの大変な作業を全部妻がひとりで
やり最終的にクレーム無しで乗り切ってくれました。。
昨年のマドンナ28号出来は良くないと招致していましたので、
荷作り発送後にクレームの一つや二つ覚悟していたのですが
私の心配をよそに販売終了後は予想に反しての数多くの
反響が寄せられたのです。
その中で特に多かったのが子供達が美味しいと喜んで食べたとの
感想が多く寄せられ、ベ二マドンナの高い商品性を裏付ける
結果となりました。
 これまでに無い新しいタイプの新柑橘、
あの独特のゼリーのような食感のインパクトと上品な品格に
初めて食べた方は魅了されたようです。
その後も追加の御注文問い合わせ等が年明けの
最近まで多く寄せられ、あらためて新星ベニマドンナ
の底知れぬ将来性を感じたようなしだいです。
これまで手掛けた他の品種と同じように良い物を
作る事に徹すれば道は開けると確信しました。




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2017年01月10日

今津ポンカン採集完了

今津ポンカンの採集がようやく今日で収穫
完了します。
昨年末に収穫を終えた早生の太田ポンカンの発送が
先日より始まりました。
2月からはおくての今津ポンカンへと移り、順次
荷作り発送をしていきます。
大平みかん園ではポンカンも通常の収穫時期より15日
程度遅らし自然に熟した完熟に近い状態で採集し
一味違うポンカンを皆様にお届けしたいと努力して
おります。
今年のポンカンは豊作です。
自然の恵みに感謝してお客様と喜びを分かち合い
皆様に還元できる企画を考えております。
ご期待ください。



タグ:みかん
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2017年01月07日

2017太田ポンカン初荷

2017年新たな年が始まりました。
今年初めての宅配直販の始まりです。
今日の初荷の発送先は北海道の北見市と
山梨の共同購入のお客様、今年もお客様に
ご満足頂くみかんをお届けできるよう
がんばります。

初荷で送り出した太田ポンカンをミカン号2に積こみ
これから西濃ターミナルへ出発です。
今年の太田ポンカンの出来ですが、秋の長雨で
少し例年より糖度は低いですがその分、酸味が
少なく全体の食味はバランスのとれた物が出来て
おります。
通常は太田ポンカンの採集はヤケ果の発生を恐れ
12月上旬に採集しますが、私のミカン園では
ヤケ果発生での1、2割の損失リスクより品質優先
主義で完熟を待ち採集しています。
今年も例年並みの仕上がりになりました。

価格は複数共同購入様
一箱9k入り 2600円 消費税込み、送別
個人購入のお客様
一箱9k入り 2600円 消費税別、送別
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マリンとみー選果作業を始めてお昼寝から
お目覚めです。
ねむいニャー
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昼寝から起きたミー、マリンちゃんに
ちょかいかけて悪さする
いつもの事とはいいながら迷惑そうな
マリン。
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posted by ken at 18:25| 愛媛 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月03日

2017年お正月

あけましておめでとうございます。
2017年お正月、今年も新たな年が始まりました。
今年もよろしくお願い申し上げます。
 1月4日より昨年取り残したポンカン採集の開始で
今年の作業が始まり、みかん販売スタートは1/7日
からは太田ポンカン、2月今津ポンカン、かんぺい、
3月から4月デコポン、タロツコ、せとか、
5月から7月なつみ、西内小夏と順次発送を予定
しておりますので今年もよろしくお願い致します。

1月2日孫のゆうと達とグレつりのメッカ三浦半島
蒋渕地区、矢ヶ浜へ釣りに行きました。
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宇和島港から宇和海に浮かぶ離島の戸島、火振り島
を結ぶ定期船が矢が浜港に着岸経由して港を出て行きます.
その間は乗降客のじゃまをしないよう釣は一時休止です。
次の定期船の帰港地は戸島本浦のはずです。
昔の事ですが、みかん栽培だけの収入では生活が成り立たず、
当時は真珠母貝の養殖もしており真珠全盛期には生活費の
殆どを頼る収入を水揚げした事もありましたが中国などの
経済発展に比例して海の汚染が徐々に進み三浦湾内での
優良真珠母貝の生産が難しくなり宇和島湾沖にある外洋へと
潮変わりの良い新漁場を求めて戸島沖漁場に養殖いかだ
を設置して新天地での再起をかけた養殖に取り組みました。
しかし外洋での養殖は予想に反して困難の連続でした。
そういう状況の中で頼りにしたのが戸島漁場で長年母貝
養殖に取り組んでこられ地元漁場を知り尽くした
母貝養殖の同業者の方達でした。
その人たちの中に片桐さんと言う方がおられて
私たちにいろいろなアドバイスや予想外の寄生虫の発生で
困り果てた時など駆除施設を無償で使わして頂くなど
島ならではの人情味のある人格者の方でありました。
記憶では確かその当時集落の自治会長もされていた
ように思います。
その後数年で希望を求めての新天地、沖漁場での養殖も
真珠業界の不況と共にコスト割れ、採算が取れなくなり
撤退する事となりました。
あれから数十年の月日は経ちましたがあの時のお世話に
なった片桐さんの事を悠琥と戸島へ向かう定期船を見送り
ながらその時の御恩を思い出していました・・・・・
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矢が浜からの帰り道、三浦半島の夕景、
帰り道、妻の実家の甘崎で最後の勝負を
挑んだゆうと君、あきらめかけたその時、
ほご(かさご)20pの大物を釣り上げ
ゆうと君満足の様子でした。
この日の潮果はこっぱグレ十数匹、
べラ、メバル、カサゴ数匹でした。
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posted by ken at 18:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする